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遅めの夏休み。

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秋。過ごしやすく、果物も美味しい秋は一年で一番好きな季節。
そんな秋も深まりを見せる今日この頃ですが、三日間、遅めの夏休みを頂きました。

都会の喧騒を離れ、ネット環境も離れ、音楽を消し、黙想し、思いを綴り、時間になったらご飯を食べ、読書し、祈り、聖書を読み、ぼーっとし、眠くなったら寝る…そんな日々を送りました。

こうやって規則正しい生活をし、毎食バランスのとれたものを食べるのもなんだか久しぶりな気がする。
振り返ってみれば、バタバタと駆け抜ける半年だったなぁ…。

挑戦と緊張の場面も色々と多かったのですが、数えきれない感謝もあります。

主事会、教会をはじめとする豊かな交わり。
説教者・牧会者としての訓練。
交わる事が許されている学生達との関わり。

「あの時はこうすればよかったなぁ」とか、自分の課題を振り返りつつ、
神様が自分をこの場所に召して下さっていることを、喜んで改めて受け取り直す時でした。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

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黙想の友にしたのは、ジェームズ・フーストン「神との友情」。
いつか読もうと思いながら、ずっと積読にしていた本。
3日かけて読む本を何にしようかと考える時に、真っ先に浮かんだ本でした。


祈りとは、神との交わりであって、神との友情を育てること。


必要性を自覚しようとしまいと、神との交わりの中に憩うことが自分にとって最も必要かつ幸いなことなのに、忙しさにかまけて、それをないがしろにしてなかっただろうか。

というか、自分の祈りの姿勢は正直どうなんだろう。

いつの間にか、自分で今の状況をコントロールすることに必死になって、神に祈るのを忘れてなかったか。

・・・

示唆に富む文章を少しずつ読み進めつつ、自分の祈りの在り方を考える一時となりました。

祈りは、私が今の働きを続ける上で、いやそれ以前に生きる上で、どうしても必要なもの。

「まず、単純に『神様、助けて下さい。自分では祈れません』と神に申し上げる必要があります。」(p68)
自分の祈りの貧しさを受け止めて、まずそのことから祈っていきたい。

一年目後半。
祈りを大切に、淡々と自らの召しに応える歩みを進めていきたいと思います。
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